ペトラ遺跡の旅行記【ヨルダン】

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2025年2月22日~3月2日のヨルダン旅で訪れたペトラ遺跡の旅行記。

ペトラ遺跡について

ペトラの場所
ペトラの場所

ペトラはヨルダン南部にある古代都市の遺跡。紀元前1世紀ごろにナバテア人によって建設され、交易の要所として繁栄していた。

ナバテア王国は紀元前1世紀中頃には古代ローマの属国となりつつも、しばらくはナバテア人の王による自治が認められ繁栄していたが、2世紀初頭にローマ帝国の属州に併合された。

その後、大地震が起きたり交易ルートが変わったりしてペトラは衰退し廃墟となっていたが、19世紀にスイス人の探検家がヨーロッパで紹介して有名になり、1985年には世界遺産に登録された。

世界遺産としてのペトラ

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登録名:ペトラ
登録年:1985年
登録区分:文化遺産
登録基準※:(1),(3),(4)

※世界遺産に登録されるためには(1)~(10)の登録基準を1つ以上満たす必要がある。
(1)~(6)は文化遺産基準、(7)~(10)は自然遺産基準。

登録基準とその内容(私が[UNESCOのサイト](https://whc.unesco.org/en/list/326)を見て要約したもの)を書いていく。

(1)「人類の創造的資質を示す傑作であること」 →ナバテア・ヘレニズム時代の他に類を見ない芸術的な岩窟寺院や墓群、独創的で天才的な配水・貯水システム

(3)「現存または消滅した文化の独特な証拠を示すもの」 →無数の岩窟墓や隊商の拠点跡などのナバテア文明の証拠、新石器時代と鉄器時代の遺跡など

(4)「建築物・建築群・技術の顕著な例を示すもの」 →ヘレニズム建築と東洋の伝統が融合した建築物、導水ダム・水路・貯水槽などの遺跡など

古代ローマの属国となりながらも栄えた経緯から、ナバテアの伝統とヘレニズム(ギリシャ・ローマ形式)建築が融合した芸術的な岩窟建築と貯水・配水システムがすごい文化遺産ということである。

ワディ・ムーサ

死海からワディ・ムーサまでのルート
死海からワディ・ムーサまでのルート

ペトラ遺跡への入口があるワディ・ムーサへはレンタカーで向かった。死海のホテルを出発後に死海とカラク城を観光しながらワディ・ムーサへ向かったので、到着したのは18時とかだった。

アンマンからはバスも出ているみたい。

宿から見たワディ・ムーサの街
宿から見たワディ・ムーサの街

ワディ・ムーサは「モーセの谷」という意味。急な坂道やカーブが多かった。

街には飲食店やホテルがたくさんある。

その日の夜に訪れたペトラのナイトイベントについては、以下の記事を見てほしい。 ペトラ・バイ・ナイトの体験談【ヨルダン】

ビジターセンター

ペトラのビジターセンター
ペトラのビジターセンター

翌朝、宿で朝食を食べ、昼食用のサンドイッチをカバンに詰めて、車でビジターセンターへ向かう。

宿からビジターセンターは歩いて15分くらいだったが、坂が急でペトラ帰りに歩くのが大変そうだったので車で行くことにした。駐車場は無料で、今回停めた場所は下の地図に示しているが、ビジターセンターの北側にもありそう。

ビジターセンター周辺の地図
ビジターセンター周辺の地図

チケット売り場でヨルダンパスを提示してチケットを入手。そのチケットとパスポートをエントランスで提示して遺跡の中に入っていく。1日入場料は50JD(≒1万円)だった。

エントランスからダム跡地

エントランスからの道
エントランスからの道

午前9時頃に公園内に入場。 エントランスからは緩やかな下り坂が続く。写真の右側が歩行者、左側は馬が通る道。

オベリスクの墓
オベリスクの墓

ジン(現地の精霊的なやつ)のブロックやオベリスクの墓を見ながら進むと、15分くらいでシークと呼ばれる狭い峡谷の入口に到着する。

ダム跡と猫
ダム跡と猫

シークの手前にはナバテア人が建設したダムの跡があった。

ダムの場所と水の流れ
ダムの場所と水の流れ

ワディ・ムーサは谷の地形のため、雨が降れば谷に水が集まり、その水がペトラの方に流れてくる。シーク手前のダムは鉄砲水からペトラを守り、水をいつでも利用できるように水を貯めていたそうだ。

ダム跡にあったトンネル
ダム跡にあったトンネル

また、ダムの下流には水をペトラの外に逃がすトンネルも掘られている。

GoogleMapを確認すると、トンネルの先の水路は一旦北側へ迂回した後、もう一度ペトラの中心部で合流しているようにみえるが、この意見にChatGPTは否定的。

シーク

シーク
シーク

ダムから先は自然の力でできた狭い峡谷「シーク」を進んでいく。 壁の高さが100m以上あるところもあり、かなり迫力があった。

シークの水路
シークの水路

シークの両側には水路が作られている。この水路を使ってペトラの中心に水を配給していたらしい。

こういったシークが1km以上続く。

エル・ハズネ

シークから見えたエル・ハズネ
シークから見えたエル・ハズネ

シークを歩くこと20分、壁の隙間からエル・ハズネが現れた。長い峡谷を進んだ先に突然現れる演出がすごい。 朝日に照らされたエル・ハズネは輝いて見えて神々しかった。

エル・ハズネ
エル・ハズネ

高さは40m、幅は28m、紀元前1世紀ころに砂岩を掘って建築されたとのこと。

宝物殿とも呼ばれるエル・ハズネだが、なんのために作られたのかよく分かっていないらしい。

エル・ハズネの三角のところ
エル・ハズネの三角のところ

細かい彫刻もきれいに残っている。

破壊されたポルックス像
破壊されたポルックス像

エル・ハズネにはエジプト神話やギリシャ神話の神や英雄、動物達が彫られているが、偶像崇拝はダメと言う理由でビザンツ時代に破壊されたらしい。

ファザード通りから王家の墓

ファザード通り
ファザード通り

エル・ハズネからペトラの中心地の方に進むと、ファザード通りというエル・ハズネもどきがたくさんあるところを通る。

ココに並んでいるのはお墓らしいが、エル・ハズネを見た後なので手抜き感を感じてしまう。

説明文の上に座る猫
説明文の上に座る猫

ヨルダンの観光地では猫をよく見かける。

円形劇場
円形劇場

岩を彫って作られた円形劇場。ナバテア人は何でも彫って作ってしまう。

王家の墓
王家の墓

王家の墓と呼ばれる岩窟建築群。

ペトラ遺跡の中心部

壺の墓から見たペトラ遺跡の中心地
壺の墓から見たペトラ遺跡の中心地

この開けた場所が昔のペトラの中心地。今まで通ってきた岩山に囲まれた場所と比べると開けているが、思ってたほど平坦じゃなかった。

この通りの付近がペトラの中心地だったらしく、列柱通りや大神殿、噴水跡などを見ることができる。

列柱通り
列柱通り

市場や大神殿がある列柱通り。石の舗装が少し残っている。

大神殿
大神殿

「大神殿」という名前だが、宗教施設ではなかった可能性のある巨大な遺跡。ペトラはよく分かっていないことが多い。

カスル・アル・ビント
カスル・アル・ビント

ナバタイの主神を祀るペトラで最も重要な神殿だったらしい。

ペトラの中心地を見終わったところで12時くらいだったので、そのへんの岩に座って持ってきたサンドイッチを食べた。 同じように昼飯を食べている人を見かけなかったので、みんなレストランで食べているのかもしれない。

エド・ディル

エド・ディルまでの道
エド・ディルまでの道

ご飯を食べ終わったので、ペトラの奥の方にあるエド・ディルという遺跡を目指す。

エントランスからペトラの中心地までは緩やかな下り坂だったが、エド・ディルに向かう道は急な山道。

エド・ディルへ向かう階段
エド・ディルへ向かう階段

2月だったから歩いていてちょうどいい気候だったが、夏にエド・ディルを訪れる人は大変だなと思った。

歩いて1時間程度でエド・ディルに到着した。

エド・ディル
エド・ディル

エル・ハズネは縦長だが、エド・ディルは横長でどっしりとした印象。 高さは45m、幅は50mで縦横共にエル・ハズネよりも大きい。何より空が見えているから開放感があった。

もともとはナバタイ人が建設した宗教的な何かだったが、その後キリスト教の修道院として再利用されたため、修道院とも呼ばれている。現地の人は「エド・ディル」ではなく「Monastery(修道院)」と読んでいた。

下から見たエド・ディル
下から見たエド・ディル

また、エル・ハズネは細かい装飾が美しかったが、こちらのエド・ディルはシンプルな装飾で表面は滑らかな印象を受けた。

高台から見たエド・ディル
高台から見たエド・ディル

エド・ディルの前のカフェには有料(1JD≒200円)だがトイレもある。こんな山奥なのに水栓でそこそこ綺麗だった。

また、エド・ディルの正面側にはいくつかビューポイントがある。行く前は上から見ても変わらないだろと思っていたが、周囲の岩山も相まって素晴らしい景色だった。

ちなみに、ビューポイントのある高台の頂上のちょっと手前からでも素晴らしい景色を見ることができる。

エド・ディル周辺地図
エド・ディル周辺地図

しばらく高台に座ってエド・ディルを眺めたあと、来た道を引き返した。

おかわりエル・ハズネ

夕方見たエル・ハズネ
夕方見たエル・ハズネ

帰り際にもう一度だけエル・ハズネをみた。

朝見た時は朝日があたって綺麗だったが、夕方は直接日光が当たることもなく、岩本来の色をしっかり見ることができた気がした。

人も少なめで個人的にはこっちの方がお気に入り。

シークから見たエル・ハズネ
シークから見たエル・ハズネ

シークの隙間から見えるエル・ハズネを何度も振り返りながら帰ったが、見えなくなったときはとても寂しかった。

訪れたルート

今回訪れたルートは以下の通り。 9時に出発し、戻ってきたのは16時だった。

訪れたルートのマップ
訪れたルートのマップ

感想

ペトラ遺跡を訪れてみての感想を書いていく。

①唯一無二で美しい

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ペトラの建築は、ヘレニズム(ギリシャ・ローマ)様式の建築をナバタイ人が岩を彫って作り上げた独特もので、ほかでは見ることができない美しさがあった。

ヨーロッパに行けば、似たような遺跡がたくさんあるジェラシュのローマ遺跡とは訳が違うんだなと感じた。

②演出がすごい

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狭い峡谷の隙間から突然現れるエル・ハズネ。 苦労して登った山の奥にあるエド・ディル。

どちらも訪れた人が感動できるような演出があり、来てよかったと心から感じることができた。

③1日で回れる

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ペトラ遺跡は広大だが、見るのをメインどころに絞れば1日で回れる。 今記事を書きながら、あっちも行ってみたかったな~とかは思いはするものの、見たいところは見れたので概ね満足している。

⑥治水技術がすごい

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洪水を防ぐダムや街に水を導く水路など、ナバテア人の技術に驚かされた。

ローマ帝国に併合された時も、ローマが手を加えるところがほとんどなかったとか。

⑤自然も美しい

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自然が作ったシークや荒々しい赤色の岩山などペトラには美しい自然もある。 時々生えてる植物もかわいかった。

⑥ロバが暇そうだった

道中ロバに乗らないか?と誘いを何度か受けたが、観光してるときにロバに乗っている人を見たのはたったの1人だけで、その人も下り坂でロバに乗るのが怖くてすぐに降りていた。仕事として効率が悪すぎる。

もしかしたら夏に荒稼ぎしているのかもしれない。

オススメ度

★★★★★

星5

期待値が高い観光名所ほど、実際に行ってみると大したことなかったりするが、ペトラは期待以上だった。

ヘレニズム建築とナバテアの伝統が融合したペトラ遺跡は、ほかでは見ることができない場所で、ペトラに行くためだけにヨルダンに来る価値がある場所だなと思った。

こんなに写真を乗せておいて何だが、これからペトラに行く人がいるなら、あまり写真を見ずに行ってほしい。

このあとに行ったワディ・ラムについての記事はこちら ワディ・ラムの旅行記【ヨルダン】

ヨルダン旅行のまとめ記事はこちら ヨルダン旅のまとめ記事